札幌地方裁判所 昭和44年(ワ)595号 判決 1975年10月22日
原告
斉藤隆人
右訴訟代理人
入江五郎
被告
国
右代表者法務大臣
稲葉修
右指定代理人
成田信子
外一名
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一 当事者の求めた裁判
(原告)
一、被告は原告に対し、金六、六九一、八〇〇円およびこれに対する昭和四四年五月二日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
二、訴訟費用は被告の負担とする。
三、仮執行の宣言。
(被告)
一、主文と同旨。
二、仮執行免脱の宣言。
第二 当事者の主張
(原告の請求原因)
一、原告は昭和三九年春佐藤留吉から同人所有の別紙物件目録記載の土地(以下「本件土地」という。)を買い受けた。
二(一) 原告は昭和三九年一二月一一日ころ、藤原嘉夫との間で同人から毛布、カーペットなどの商品を買い受ける旨の契約を締結し、同日から同月一九日ころまでの間に合計五、九〇二、一〇〇円相当の商品の引渡を受けた。
(二) 原告は昭和三九年一二月二七日藤原に対し、本件土地を代金一二、〇〇〇、〇〇〇円で売り渡し、右代金のうち五、九〇二、一〇〇円については前記(一)の商品代金五、九〇二、一〇〇円と相殺し、残代金六、〇九七、九〇〇円についてはその支払いに代えて同人から右残代金相当の毛布、カーペットなどの北海道向きの商品の引渡を受ける旨の合意が成立した。そして、原告は藤原からその後同四〇年二月初めころまでの間に合計九七三、一〇〇円相当の商品の引渡を受けたので、本件土地の残代金は五、一二四、八〇〇円となつていた。
三(一) ところで、原告は昭和四〇年一年一八日札幌法務局室蘭支局に対し、本件土地につき売買を原因とし中間者である原告を省略して前記佐藤から直接前記藤原への所有権移転登記の申請をしたところ、同支局登記簿上取得者を「藤原嘉夫」と記載すべきであるのに、過失により「佐藤留吉」と記載し、佐藤留吉から佐藤留吉への所有権移転登記をしてしまつた。
(二) その後前記佐藤は、たまたま登記簿上自己が本件土地の所有者として表示されていることを知り、これを奇貨として、昭和四〇年四月二二日前来に対し売買を原因とする所有権移転登記を経由した。そのため、前記藤原は本件土地の所有権は取得したものの、対抗要件を具備することができなかつたので、前記の土地残代金五、一二四、八〇〇円相当の商品を代物弁済として原告に引き渡さず、また右残代金の支払いもしなかつた。一方、原告においても以上の事情の下では藤原に対し右の請求をすることもできないため、そのまま日を過ごすうち、藤原は同四〇年八月一〇日大阪地方裁判所岸和田支部において破産宣告を受けるに至つた。その後札幌法務局室蘭支局登記官は、同四三年一〇月一七日本件土地の所有名義人の表示を、職権をもつて「佐藤留吉」から「藤原嘉夫」に更正したものの、原告において土地残代金債権の保全の手段を講じるいとまもないまま、同年一一月二五日には破産の登記もなされるに至つた。したがつて、原告は藤原から前記の土地残代金五、一二四、八〇〇円相当の商品の引渡も、右残代金の支払いもともに受けられず、結局同額の損害を被つた。
四(一) 原告は、前記藤原から前記商品を騙取したとの嫌疑を受けて昭和四一年五月三一日逮捕され、引き続き同年六月三日から同年一二月五日までの長期間勾留された。しかし、登記官の過誤登記がなかつたならば、原告は本件土地について藤原に対抗要件を具備させることができたのであり、したがつて、結果的には右の刑事事件において有罪とされはしたものの、事案の性質上犯情について十分しんしやくされ、逮捕(および勾留)まではされずにすんだか、仮に逮捕されたとしても短期の勾留で釈放されたことは間違いないところである。
(二) 原告は前記のとおり逮捕、勾留されたことにより、心身に著しい苦痛を味わつたのであつて、この原告の精神的損害に対する慰籍料は一、〇〇〇、〇〇〇円が相当である。
(三) また原告は、逮捕、勾留当時水産加工業を営み一日当り三、〇〇〇円の利益をあげていたところ、逮捕、勾留された期間(一八九日間)中右の営業をすることができず、そのため合計五六七、〇〇〇円の得べかりし利益を失い、同額の損害を被つた。
五、以上の原告の各損害は、登記官がその職務を行うについて過失により前記のような過誤登記をしたことに起因するものであるから、被告は原告に対しこれを賠償すべき義務がある。
六、よつて原告は、国家賠償法一条一項により被告に対し前記各損害の合計六、六九一、八〇〇円およびこれに対する損害発生の日以後である昭和四四年五月二日(本件訴状送達の日の翌日)から完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。――<以下―略>
理由
一<証拠>を総合すると、原告は昭和三九年九月ころ佐藤留吉からその所有にかかる本件土地を代金六、〇〇〇、〇〇〇円で買い受け、その際同人から本件土地の登記済証その他登記に必要な書類の交付を受けたものの、その後未登記のまま過ごしていたことが認められ、<証拠判断略>。
したがつて、本件土地の所有権は原告に帰属していたものというべきである。
二原告は、その後、本件土地を藤原嘉夫に代金一二、〇〇〇、〇〇〇円で売り渡したと主張する。
(一) <証拠判断略>
(二) かえつて、<証拠>を総合すると、原告は後記の商品取引限度額たる七、〇〇〇、〇〇〇円の債務を担保するために本件土地の所有権を藤原嘉夫に譲渡したものであることが認められるのであつて、その詳細は次のとおりである。すなわち、原告、入江兵吉、成田稲城は昭和三九年一二月一〇日ころ、大阪府泉北郡高石町所在の料理店「新東洋」および大阪府泉大津市所在の藤原嘉夫宅において、当時「藤嘉織物」という商号で織維製品の製造販売業を営んでいた右藤原に対し右繊維製品の取引を申し込み、その結果、両者間に藤原において総額一五、〇〇〇、〇〇〇円相当の繊維製品を原告らに売り渡す旨の商品取引契約が成立した。そして、藤原は右契約に基づき次のとおりないしの各商品(合計五、九〇二、一〇〇円相当)を指定された東京都大田区北千束所在の桜井操宅に、の商品を同じく札幌市豊平区月寒二条三丁目所在の有限会社三協商社こと原告宛にそれぞれ送付して引き渡した(ただし、右代金相当の商品の授受の点は当事者間に争いがない。)。
昭和三九年一二月一一日
毛布 五〇四枚 三六八、一〇〇円相当
同月一二日
毛布 二七三枚 二一〇、六〇〇円相当
同月一四日
毛布 一四一枚 九〇、〇〇〇円相当
茶羽織 一、四二〇枚 七八一、〇〇〇円相当
同月一五日
コタツ掛 七二五枚 一、〇一五、〇〇〇円相当
同月一六日
茶羽織 九九六枚 五四七、八〇〇円相当
コタツ掛 四四枚 六一、六〇〇円相当
毛布 九〇枚 一〇八、〇〇〇円相当
同月一九日
カーペツト 七〇〇枚 二、七二〇、〇〇〇円相当
これに対し、原告らはそのころ藤原に対し右商品代金支払いのため、嘉瀬開拓農業協同組合振出名義の約束手形一五通(総額九、八七五、〇〇〇円)を交付した(もつとも、その後右手形のうち合計三、〇〇〇、〇〇〇円に相当する分は返却された。)。ところが、藤原はその後警察官から同人が送付した毛布が東京で入質されているとの知らせを受けたため、右手形が決済されないのではないかとの不安を感じ、同三九年一二月二四日原告を大阪市内の旅館に訪ねてこの点を一応問いただしてみたところ、原告から資力の裏付として本件土地の前記登記済証などを示されるなどして、その場は巧みに言い逃れられたものの、それから二、三日後に原告宛に送付した前記の商品が配達不能となつて青森まで返送されていたことが明らかとなつたため、同月二七日夜原告を自宅へ呼び出したうえ、これを非難し詰問するに至つた。そこで原告は、藤原から要求されるまま、同人に対し前記ないしの商品全部の代金の支払いについてみずから責任を負う旨の念書一通を作成して交付するとともに、前記登記済証その他本件土地の登記に必要な書類を預けたうえ、同土地を担保として提供するから今後さらに取引を継続して欲しい旨申し入れた。その結果、同四〇年一月一〇日ころ原告と藤原間に(1)前記ないしの商品代金を含む総額七、〇〇〇、〇〇〇円の代金額を限度として継続的に商品取引をし、(2)右商品取引から生ずる債務を担保するため、原告から藤原に対し本件土地の所有権を譲渡し、その旨中間省略の方法により原告の前主である佐藤から直接藤原に対し所有権移転登記手続をする旨の譲渡担保契約が成立した。そして、藤原は同四〇年一月一九日から同年二月一五日までの間にさらに合計九七三、一〇〇円相当の商品を原告に引き渡し(ただし、右代金相当の商品の授受の点は当事者間に争いがない。)、その後同四三年一〇月一七日に至り藤原に対して本件土地の所有権移転登記が経由されたものである。
(三) したがつて、本件土地を藤原に売り渡した旨の原告の前記主張は理由がないといわなければならない。
三ところで、原告は、同人が本件土地を代金一二、〇〇〇、〇〇〇円で藤原に売り渡したことを前提として、所轄登記官の過誤登記のため藤原をして本件土地の対抗要件を具備せしめ得ないうち、同人が破産宣告を受け、残代金五、一二四、八〇〇円相当の損害を被つたと主張する。
そして、原告が本件土地につき、昭和四〇年一月一八日札幌法務局室蘭支局に対し佐藤留吉から藤原嘉夫への所有権移転登記手続を申請したところ、同支局登記官が、取得者を「藤原嘉夫」と記載すべきであるのに、誤つて「佐藤留吉」と記載して登記を実行したこと、および同年八月一〇日藤原が大阪地方裁判所岸和田支部において破産宣告を受けたことについては、当事者間に争いがない。
しかし、原告が本件土地を代金一二、〇〇〇、〇〇〇円で藤原に売り渡したとの主張は、前認定のとおり理由がないものである。したがつて、原告の前記主張はその前提を欠くものといわなければならない。のみならず、原告主張のとおりの売買契約および残代金五、一二四、八〇〇円の存在が認められたとしても、前記登記官の過誤登記のゆえに、当時右残代金の支払能力のあつた藤原が、その支払いないしは右残代金相当の商品の引渡を差し控えるうち財産状態が悪化して破産宣告を受けるに至り、そのため右残代金の回収が不能となつたとの事実を肯認すべき証拠は何ら存しない。したがつて、いずれにしても原告の前記主張は理由がない。
四また、原告は、同人が逮捕、勾留されたのは所轄登記官の過誤登記に起因するものであることを前提として、右逮捕、勾留により精神的損害および得べかりし利益の喪失による損害を被つたとも主張する。
そして、原告が昭和四一年五月三一日逮捕され引き続き同年六月三日から同年一二月五日までの間勾留されたことについては当事者間に争いがない。<証拠>によると、原告の逮捕の理由となつた被疑事実の要旨は「入江兵吉外一名と共謀して商品の取込詐欺を企て、昭和三九年一二月初旬ころ、嘉瀬開拓農業協同組合長斎藤繁則振出名義の額面合計金九、八七五、〇〇〇円の約束手形を為造し、手形を決済し又は代金を支払う意思も能力もないのに、そのころ、藤原嘉夫に対し右手形を行使して同人に真実支払を受けられるものと誤信させ、同月七日から一九日ころまでの間に、同人から毛布など金五、一九二、〇〇〇円相当の商品の交付を受けてこれを騙取した。」というものであること、同四一年六月三日には右被疑事実について刑事訴訟法六〇条一項二号および三号所定の理由により勾留され、さらに同月一一日「事案複雑、関係者の大部分が遠隔地にいてその取調が完了しない。」との理由で勾留期間が同月二二日まで延長されたこと、右二二日に右被疑事実中詐欺罪に該当する訴因、すなわち「藤原から毛布等合計金五、九〇二、一〇〇円相当の商品を騙取した。」との訴因および余罪一件について起訴され勾留が継続されたことが認められる。
しかし、右各証拠に本件弁論の全趣旨をも総合すると、原告の逮捕および勾留はいずれも裁判官の発付した適式の逮捕状および勾留状によつてなされ、かつ、起訴後の勾留も同法六〇条二項の規定に則つてなされたものと解されるところ、本件に顕れた全証拠によるも、右逮捕および勾留が、前記登記官の過誤登記のゆえに、藤原をして本件土地の対抗要件を具備させることができず、そのため犯情重しとされたことによるものであるとか、ことさら長期にわたつて勾留されたものであるとかの事情を窺うべきものは何ら存しない。
したがつて、原告の前記主張はその前提を欠き理由がないといわなければならない。
五以上のとおりであつて、原告の本訴請求は、被告の抗弁について判断するまでもなく理由がないこと明らかであるから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(白石嘉孝 大田黒昔生 渡邊等)
<物件目録略>